Wednesday, December 10, 2008

日本を統一した3人の性格

 1603から1868まで江戸時代は平和の時代として言うところだった。その時代の前に1568から1603まで安土桃山時代の間に氏族とよく戦いをした。それに日本は統一した国でわなかった。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は日本を統一したの原因である。Curtis AnderessenのA Short History of Japanによる信長は統一することを始めて、秀吉は統一することを完了したけれど、秀吉は死んだ後で家康は統一したばかり日本の支配者になったそうだ。それぞれ人は違う役割があって違う性格もあった。その3人の性格は昔の俳句で説明できる。

鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす
鳴かぬなら 鳴かしてみせよう ほととぎす
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす

尾張国(愛知県)の守護代の1534年に生まれた織田信長。全国統一に着手する信長は死ぬまで日本を統一しようとする。信長は生活の間にすばらしリーダーで残酷で野心のある人と知られていた(Anderessen, 60)。実、彼は負けた硬きの家にいる家族を火あぶりにされて仏教のマンクも殺した。一つの例は、1571年に信長は比叡山の延暦寺を攻撃して破壊された。だから、最初の俳句(鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす)は織田信長の性格の説明だ。
中村(今の名古屋市)の農家に生まれ,父はもと足軽だった豊臣秀吉は1536〜1598年を生きた。足軽として織田信長に仕え,才気と行動力で重用された。才気があったからすばらしリーダーになって信長で1570年に大将に昇進させた。それに、流血を見ずに同盟することをできる(Anderessen, 61)。秀吉は墨俣城が一夜直したで有名な行為だ。だから、間中の俳句(鳴かぬなら鳴かしてみせよう ほととすぎ)は豊臣秀吉の性格の説明だ。
 最後、1542〜1616年に生きた徳川家康は三河国(愛知県)岡崎の城主の子だ。1603年,征夷大将軍に任じられて江戸幕府を開いた。徳川は生活の間にすばらし行政的手腕のあって沢山忍耐がある人と知られていた。例えば、信長と比べて弱かったから信長を戦いする代わりに同盟を結んだ。信長が死んだ後でリーダーになった秀吉も戦いしなっかた。でも、秀吉が死んだ後で、徳川は豊臣秀頼という秀吉の相続人と戦いして勝って征夷大将軍になった。もし、徳川は信長か秀吉を戦ったら将軍になる偶然前に殺されたかもしれなかった。だから、間中の俳句(鳴かぬなら鳴くまで待とう ほととぎす)は徳川家康の性格の説明だ。
 その上で織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の性格について証拠があるげ、どちらの性格が限るか知らない。とても違う性格があったにもかかわらずその3人が珍しくて不思議なことをした。信長が自害しなかったら将軍になったかもしれない。それに、徳川と秀吉と信長を仕えた。だから、信長がいないで徳川と秀吉は全然有名で歴史的な人になれなかった。秀吉は謙遜な足軽から関白なった。
 どちらの性格が限るか知らないと言ったけれど、私にとって秀吉は一番感動させた。そうと思うから私も謙遜な生まれがあるけど何でもできるというインスピレーションだ。

Friday, November 21, 2008

若者言葉についてドンマイ

 若者じゃない皆は若者言葉が分かっているか?どのような若者言葉を知っているか?残念ながら、中年の人だったらきっと若者言葉はよく分からないと思う。ャンバス・スコープ発行の記事、立教大ニ年・宮垣麻衣子によるとこのごろ非難する人が増えているということだが、若者言葉は増えて続けているらしい。この作文は若者言葉の例を調べ、どうやって若者言葉が伝わり、なぜ増えているかを調べる。
 ャンバス・スコープ発行の記事、立教大ニ年・宮垣麻衣子によると若者が新しい言葉を作る理由は色々だそうだ。最初の理由はそのような言葉のテンポとイントネーションが若者にとってとても楽しいということだ。もう一つの理由は若者はそのような言葉を使って他の同じように感じている若者を見つけることができるということだ。若者にとってグループの関係はとても大事だと思っている。グループの例は同じ大学や高校、同じ興味を持つ人達だ。それらのグループは新しい言葉を作って仲間意識を強める。
 テレビのニュースによるとよく使う新しい言葉は「おつ」、「ありえんてぃ」、そして「神」だそうだ。中年の人に聞いても誰も知らなかった。でも、若者に聞いたら皆知っていた。「おつ」の意味はドンマイ、「ありえんてぃ」はありえない、「神」は最上級の人や物だ。私が日本に住んでいた時に一番好きだった若者言葉は小島よしおの「そんなのかんけいね」だった。今もう意味が分からないけれど言い方はとても楽しかった。分からなかったから私は若者じゃなかったかもしれない。
 どのように若者言葉が伝わるかの例として「じゃん」の変化について読んだ。「じゃん」はもともと浜松の女工が使っていた言葉だったそうだ。しかし、戦後になって横浜に入ってきた。そして、1970年代に東京の若者も使いはじめ、かれらが大人になっても使い続けたので皆が使う言葉になったということだ。
 「おつ」という若者言葉は「ドンマイ」という意味だ。「ドンマイ」はアメリカの「Don’t mind」から来ている。「Don’t mind」と「ドンマイ」は音が似ているので分かりやすいがなぜ「ドンマイ」が「おつ」になったかは分かりにくい。「じゃん」や「ドンマイ」は若者言葉が受け入れられた例だ。一方「おつ」の意味は簡単に想像がつかない。だから、最近のそのような若者言葉はしばしば非難されるのだと思う。
 人々は若者言葉を非難するが時間が経つにつれて言葉は変わる。「コクってフラれてマジありえねー」の記事の大阪外国語大学外国語学部の小矢野教授も同じようなことを言っている。「じゃん」と「ドンマイ」は今では日本語の辞書にも載るようになった。若者が「おつ」を使い続ければもしかするといつかそれも日本語の辞書に載るようになるかもしれない。

Wednesday, November 5, 2008

風力発電

 最近、環境科学の博士のいうことに基づくと代替エネルギーは大事な技術になるそうだ。石油を使う車や石炭を燃やす発電所は温室効果ガスを増やしている元凶である。地球温暖化は温室効果ガスに起因すると環境科学の博士に言われている。
 温室効果ガスが増えすぎて自然を破壊する前に代替エネルギーのソリューションを環境科学の博士はよく調べていると思う。一つのソリューションは風力である。風力発電とは電気を起こすために風を集めるということである。しかし、風力は新しい観念ではない。風車小屋を使ったのは五千年以上も前のことだ。風車小屋は直接力学的エネルギーを使うのに対して風力発電は電気を起こして家や発電所に渡す。つまり、風力は直接のエネルギーではない。でも、風力の観念はもとはといえば風車小屋だった。風車小屋の技術は古いのに風力の技術を始めた時は八十年代のことだ。ここ三十年間で風力の技術は進み続けている。
 風力は一つの必要な物、つまり、風だけにとどまらない。最低必要なものは風である。10MPHぐらいの風が平均吹いている地方に限る。それがないと風力発電所を作れない。風力で作った電気は風力タービンから使いたい顧客に送らなくてはいけない。だから、発電所を作りたければ電線がない地方でそれを作らなくてはいけない。電線があって風が強く吹いている地方であるうえにその地方の土地を買わなければならない。でも、欲しい土地ならどこでも買えるわけではない。土地を買いたかったら土地を使う許可を受けなくてはいけない。その他の問題は、高く立っている風力タービンは美しないといわれていることだ。例えば、マサチューセッツ州のケープコッドのケープウィンドプロジェクトという風力発電所計画は美観の理由で延ばされている。今も建設が始まっていない。
 しかし、以上の問題があっても風力発電を使うことを止められない。これは毎年風力発電がもっと人気になっている証拠である。地球的に2006年から2010年まで毎年電気を作る量が21パーセント増えているといわれている。アメリカのエネルギー省によれば特にアメリカで風力発電をつかう具体性は躍進的な潜在能力があるといわれている。それに風力博士によれば、アメリカ中部にあるグレートプレーンスは電源で全国のためを電源に供給できるそうだ。
 私はグレートプレーンスがあるモンタナ州に住んでいるからモンタナの未来に興味を持っている。アメリカの州の中でモンタナは風力を作る五番目の潜在能力がある。いつかモンタナで十数千基の風力発電を見たいという夢がある。私は風力タービンの美学がとてもすばらしいと考えている。いつでも強い風で動く風力タービンの羽をみると感動する。

Saturday, October 18, 2008

きょにゅう酎ハイ

私は以前日本に住んでいた。その時日本に住んでいる友達は私をよく「飲み会」に招待してくれた。日本に住むまで「飲み会」について聞いたことがなかったのだが、最初飲み会に招待された時、「飲み会とは何ですか?」と聞いた。友達によると飲み会とはビールや酒や酎ハイを飲んで気ばらしをするパーティーだそうだ。友達にとって何よりも飲み会が一番楽しいことだと。つまり、ビールと酒と酎ハイが大好きだからその飲み会に行くのは楽しみというわけだ。でも、私は外人で、皆にとって飲み会は楽しいかどうかということは分からない。
 沖縄で私の最初の飲み会の経験があった。海兵隊の時私はきちの埴土に働いている日本人と友達になった。その友達に飲み会に招待された。基地の近くの居酒屋に行って日本酒と料理を注文した。その時、メニューで酎ハイという飲み物を見た。今まで酎ハイを飲んだことがないから注文したかった。それに友達も酎ハイを奨めたからとてもうまいだろうと思った。だから、私はすぐに酎ハイを注文した。私はブドウの味のを飲みたかった。酎ハイのブドウの味のはきょほう酎ハイという。でも、私は日本語が読めなかったからその友達は私をからかって、きょほう酎ハイと言う代わりに私に巨乳と言わせた。ウェイトレスが来たとき私が巨乳酎ハイを注文したら、ウェイトレスが目を大きくして笑った。でも、私はどうして笑われたのか理由が分からなかった。ウェイトレスがさった後で友達は巨乳の意味の説明をしてくれた。その時からその友達と飲み会に行くと私は巨乳酎ハイを注文するようになった。巨乳酎ハイのエピソードから私の飲み会の経験はいつも楽しかった。 そのエピソードで基地の中に働いていた日本人と友達になりやすいかった。しかし、みんなの飲み会の経験がすべて楽しいとは限らない。 
 ところで、日本の会社の飲み会はは行く必要がないけれど、残念ながら断ると会社員は悪いイメージをもらう。日本の社会はとても厳しいからだ。だから飲みに行くことは会社員にとって必要だと言われた。驚いたことに、アメリカに対して日本では会社での飲み会で酔っ払ってもことは大丈夫だそうだ。
 アメリカでの飲みパーティーとは誰かの家とか公園とかバーでやる。日本人は誰かの家の代わりに居酒屋やレストランで飲み会をする。どの飲み会にでも居酒屋やレストランを予約する人がいる。予約した人は皆に時間と場所を知らせる。予約する人は幹事と呼ばれる。幹事という人はいつも同じじゃないようだ。普通、幹事はお祝いをする為に主役とは違う人がならなくはいけない。コンパで先輩ー後輩の関係はとても大事だ。残念ながら先輩は後輩にたくさんお酒を飲まされていつのまにか酔っ払う。だから、それがちょっと危ないだろう。飲めば飲むほど自分のきょくげんについて習う。でも、それがはじめての飲み会だったら簡単に飲みすぎてしまう。必ずしも先輩全部が後輩に飲ませすぎるわけではない。先輩によって違う。
 普通、飲み会の経験は楽しい。私の場合は、いったん飲み会に行き始めると毎週友達と一緒に行きたいと思うようになった。残念ながら去年私は学生だったから、たくさん宿題があったし、お金があまりなかったし、毎週末は行けなかった。きっと、日本に帰ったら時すぐに友達と飲み会をして巨乳酎ハイを飲んでたくさん食べ物を食べたと思うだろう。でも、私は皆に注意したいことがある。飲み会に行ったら楽しもう。でも、楽しむばかりではなく飲みすぎに気をつけなくてもいけないということだ。

Monday, September 29, 2008

バイブルのジョシュア

 私はモンタナ州のグラスゴーから来たジョシュアです。ジョシュアの名前はバイブルのジョシュアにあやかってつけられました。この名前は「力」のような意味があるけれど残念ながら私は力がありません。
 最近ではジョシュアはとても普通の名前かもしれません。名前が普通だと言っても私には珍しい趣味があります。毎年夏休みに車のレースに参加しようとしています。このレースの名前は自動車破壊競争です。英語で demolition derbyに当たります。皆さんはそのような競争について聞いたことがありますか。
 私には他に珍しい夢もあります。いつかモンタナ州に帰って上院議員としてモンタナの政治に入りたいと思っています。でも、どうやって上院議員になるか分かりません。よほど頑張ってやらないと、その夢は無理でしょう。日本大使になったマイク・マンスフィールドのようなモンタナの上院議員になりたいです。マンスフィールドは大学を卒業した時三十二歳でした。その理由からマンスフィールドは私の目標です。
 私には人生で大切なことがたくさんあります。私にとって一番大切なことは正直であることです。誠実さと人生を関連づけなければ、何も達成できません。それに上院議員は正直であるべきでしょうね。
 だからいつか私は最初の自動車破壊競争をしている上院議員になる人と思います。モンタナのニュースをよく見てください。どうぞよろしく。